大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)1997号 判決
一 いずれも原告主張の燻し器であることに争いない検甲第一、第二号証に証人横山弘の証言および原告代表者本人尋問の結果を総合すると、(1)原告代表者は昭和四九年五月頃から個人営業として蚊取線香燻し器の製造販売を始め、やがて昭和五〇年四月三日には原告会社を設立し右業務を承継させたものであつて、その間、まず昭和四九年八月頃から本件原告商品のうちのA号品を、その後同五一年三月頃からはこれにかえて同じくB号品をそれぞれ「カコロン7」または「マーク7」の商標を付して製造販売してきたこと、(2)原告商品の形態は別紙原告商品写真(〔編註〕省略)(一)、(二)に示されるとおりのものであつてその形態はA号品、B号品に殆んど差異はなく、いずれも原告主張の如く説明されうるものであり、その大きさ、構成等の概略は別紙原告商品説明書(〔編註〕省略)記載のとおりであることが認められる(なお、右のうち、原告が燻し器製造販売業者であつて、かつてA号品を、現在はB号品を製造販売してきたことは当事者間に争いがない。)。
また、いずれも原告主張のような燻し器であることに争いない検甲第三、第四号証に被告代表者本人尋問の結果を総合すると、(1)被告も蚊取線香、同燻し器、殺虫剤等の製造販売を業とする会社で昭和一二年に設立された斯業界の老舗であり、昭和五一年三月頃からイ号品を、同五二年一月からはこれにかえてロ号品をそれぞれ「ナンシユーヒツト」の商標を付して製造販売してきたこと、(2)右被告商品たるイ、ロ号品はいずれもその形態において前記原告商品と酷似していることが認められる(なお、右のうち、被告が右被告商品を製造販売してきたことは当事者間に争いがなく、また被告商品の形態が原告商品のそれに類似していることは被告もこれを明らかに争つていない。)。
二 原告は、本訴において、本件原告商品には前記のような商標が付されているにもかかわらず、これとは無関係に、商品の形態自体が不正競争防止法一条一項一号所定の「商品タルコトヲ示ス表示」であり、かつ、右形態は昭和五〇年末には原告商品であることを示すものとして本邦内で広く認識されるに至つた旨主張して、同法条項号に基き、これと類似する形態を有する被告商品の販売の差止等を請求するというのである。
1 そこで、まず、一般に商品の形態自体が前記法条項号にいう商品表示と解しうるか否かについて考える。
思うに、商品と商標その他の商品表示とが元来別個の概念であることは被告主張のとおりであり、商品の形態はもともと商品の出所を示すためのものでないことはいうまでもない。しかしながら、ある商品の形態が極めて特殊で独自なものであるためその形態だけで十分他商品との識別が可能となつているような場合、あるいは特徴ある形態が特定の商品に永年継続的排他的に使用されたり強力に宣伝されたような場合にはその形態自体が自他識別力、出所表示機能を備えるに至ることもあるのであつて、そのような場合には、商品の形態自体も右法条にいう商品表示としてこれを保護するのが相当である。けだし、このような場合の形態自体の自他識別機能は商標等のそれと何ら変るところがないと考えられるし、右法条には商号や商標のほか「商品ノ容器包装」の如く元来他商品と識別することを目的としたものとは思われないものが商品表示の一例として挙げられていることからすれば右法条にいう商品表示とは商品の出所表示を本来の目的とするものに限らず広く自他商品を識別し個別化する機能を有するものを含むと解しうるからである(東京地裁昭和四八年三月九日判決無体集五巻一号四二頁、判例時報七〇五号八二頁参照)。
もつとも、上記のように考えるさいでも、商品の形態はもともと程度の差こそあれ当該商品の果す目的機能から必然的に定まる要素も多いのであつて、このような技術的機能に由来する形態要素は多くは公知公用であるため当該商品の自他識別力、表示力を備ええない場合が多いことにも留意しなければならない(東京地裁昭和四一年一一月二二日判決判例時報四七六号四五頁等参照)。
2 よつて、上記のような見解に従い、すすんで原告商品の形態の表示力と周知性の存否について検討する(なお、原告会社は、前示のとおり代表者個人の営業を包括的に承継したものであるところ、このような場合には、右個人営業当時の使用状況もあわせて考慮することができると解されるので、以下この見解を前提として判断をすすめる。この点については不正競争防止法二条一項四号が使用承継の観念を容れている点参照)。
(一) まず、成立につき争いのない甲第三ないし第一一号証、乙第三四号証、第三五号証の一、二、前掲証人横山弘の証言により成立を認むべき甲第一三号証の一ないし三、右証人横山弘、同証人柳井将胖、同後藤秀幸の各証言と原告代表者本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合し、これに当裁判所の判断も加えると、原告の主張にそう事情としては次のような点が認められる。
(イ) 原告は昭和四九年八月から同五〇年末(原告が原告商品の形態自体の周知性を確立したという時点)までの間近畿地方を中心に約四六、七軒の全国の卸売業者にA号品を販売したのであるが、その数量は合計約八六万個(四九年度三万個、五〇年度八三万個)にのぼつた。この販売量はこの種のものとしてはもとより成功の部類に入る。
(ロ) ところで、A号品の形態上の構成が原告主張のとおりであることは先に認定したとおりであるが、そのうち人目を魅く要部と思われる点は皿形蓋体の窓孔の構成(中心部の円形窓の周囲に四個の歪楕円形の窓孔を配した形状)がスマートであり意匠的見地からして漸新な感じを与える点と、さらに強いていえば右窓孔を通してみえる線香挟持用の網体の一部が知見しうる点である(この網体を採用しているという後者の点は、線香を立ち消えさせないように挟持するという技術的要請からきた必然的な帰結にほかならず、このような網目模様自体は古くから公知公用であつたことはいうまでもないから、これをA号品の形態上の特徴としてあまり強調することは相当でないと考えるわけである。)。そして、A号品の右のような形態上の特徴が消費者の購売意欲を相当程度誘引したことも推認するに難くない。
(ハ) 原告は昭和五〇年四月から七月ころまでの間に三回ぐらい業界紙家庭日用品新聞(甲第四号証)に広告したり、雑誌「民宿」(甲第六号証)に広告を載せたりしたほか卸先にパンフレツト(甲第三号証)を配布したりしてA号品の宣伝広告をしたが、その広告面にはA号品の前記形態上の特徴も看取しうる写真が掲載されている。
また、昭和五〇年五月八日付日経流通新聞には、他の多くの商品紹介と同列にではあるが、A号品が『かとり線香で火事……を絶滅』の見出しの下に『けとばしても、ひつくり返しても安全なかとり線香皿「カコロン7」。上ぶたと受け皿に張つた二枚のガラス繊維で線香をはさむため、ひつくり返しても安全。また、床に置いても、縦につるしても使用できるうえ、折れた線香も使えるので経済的。』として写真入りで紹介されたこともある(甲第五号証)。
(二) しかし、他方、右の事実をさらに当時の当業界における燻し器販売の実情をも参しやくして分析検討してみると次のような点も認められる。すなわち、
(イ)´ 昭和五〇年末までのA号品の売れ行きが極めて好調であつたとしても、その販売量の全国的規模でのシエア占有率は必らずしも明らかでない。その様式により真正に成立したと認める乙第三一ないし第三三号証に証人奥井作次郎の証言および被告代表者本人尋問の結果を総合すると、昭和五〇年度において蚊取線香(一〇巻入り)は全国で約一億八、〇〇〇万個、同五一年度において約一億五、八〇〇万個販売されており、この数量からすると、燻し器(缶入り線香の蓋兼用のものも含む)の販売量は被告のいうように線香販売量の四割とまでいえないとしてもこれに近い相当量あつたものと考えられること、当時のこの種商品取扱問屋の数も全国に約二、六〇〇店あり、これを取扱うことの多い農業協同組合も約六、〇〇〇を数えることが認められ、これらの情況からすると、A号品の販売数量は必らずしもその形態を取扱業者、需要者に周知徹底させるほどに圧倒的な割合とはいえないと考えられる。
前記(ハ)の広告量についても、形態自体の周知普及という観点からすると不十分といえる(この点は原告代表者本人自身も半ばこれを認め、原告会社としてはむしろ原告商品の普及はその品質の良さによつて消費者の支持をうる方法に依存した旨をその本人尋問で述べている。)。
(ロ)´ そもそも、A号品の顧客吸引力は、前示のような形態上の特徴もさることながら、むしろその技術上の新規性に多く負つていたと解すべきである(前記(ハ)の日経流通新聞の紹介記事も参照)。すなわち、前掲証人横山弘の証言や原告代表者本人尋問の結果によつても、A号品の優秀性は専ら技術上の新規性にあることを強調しているのであつて、A号品のように線香入りの缶の蓋と兼用でない単体の燻し器で、載置と吊り下げ兼用、かつガラスウール製の網体二枚をもつて線香を挟持固定するものは世界でも初めてであると述べ、現に成立に争いない甲第一号証の一ないし三によると、原告代表者は昭和四七年個人として右のような技術思想につき実用新案登録の出願をしていることが認められる(実願昭四七―一一七五二四)。
(ハ)´ ひるがえつて、A号品の形態自体についてさらに考えてみるに、皿形蓋体と皿形器体とを嵌合させている全体的な形状自体は古くからある渦巻式蚊取線香を燻すための容器という基本的な技術上の要請に由来する必然的な形態であつて、このような燻し器の基本形状が公知公用であつたことは特段証拠を挙げるまでもなく当裁判所に顕著な事実である。
また、A号品の形態上の要部ともいうべき蓋体の窓孔形状についても、蓋体に窓孔を必要とすること自体は技術上の要請にほかならないし、その形状についてもこれと類似またはほぼ同一のものがすでに昭和五〇年末(原告がA号品の形態が周知となつたという時点)以前にすでに市場に出廻り、広く消費者の目に触れていたこと以下のとおりである。すなわち、
被告代表者本人尋問の結果とこれにより被告主張のとおりの写真および物と認められる検乙第四号証、同号証の(に)、(は)、第五号証の一、二、同号証の一(い)、二(い)、第七号証の一、同号証の二の(ろ)、(は)によると、少くとも昭和五〇年末以前、それはいずれも単体の燻し器の蓋体ではなく、蚊取線香容器に嵌合セツトされた燻し器の蓋体ではあるが(したがつて、それは容器の中蓋または上蓋を兼ねるものではあるが)、別紙「先行の類似または同一の蓋体形状図」(A)のようなもの(周囲の窓孔五個のもの。被告代表者が、昭和四四年三月発売されたという被告製品。検乙第四号証の(に)関係)、同(B)のようなもの(周囲の窓孔三個のもの二種類。同じく昭和四六年頃発売されたという大日本除虫菊株式会社製品。検乙第七号証関係)、同(C)のようなもの(周囲の窓孔四個でA号品とほぼ形状同一のもの―それが、原告主張のように原告のA号品を真似たものであるかどうかはここでは問題にならない―。同じく昭和五〇年三月頃発売されたという被告製品。検乙第四号証(は)、同第五号証の一、二関係)が、市場に出廻り、消費者の目に触れていたこと、および右のうち(B)(C)のものには、その技術的観点からする構造が同一かどうかは暫らくおき少くともA号品と同じように窓孔をとうして網体が見えるような形状になつていること、以上の事実が認められる。
そして、右のような事実関係によると、A号品の蓋体の窓孔の形状部分の意匠的見地からする新規性はこれを認めうること前示のとおりであるとしても、いま燻し器全体としてこれを普通の注意力をもつてみた場合には、前記類似形状の窓孔のものと基本的にはなお似たような印象を与えることは否みえないのであつて、全体としての新規性は他のものに比較ししかく極立つているとは言い難い(従来の飲料水用瓶の形状とコカコーラの瓶の形状との差異参照)。したがつて、このような形状上の特徴のみをもつて、A号品の自他識別力を肯認することにはなおちゆうちよを覚える。
(ニ)´ さらに、原告代表者本人尋問の結果と原告主張のような物であることに争いない検甲第七号証によると、原告代表者は個人としてA号品の販売を開始した昭和四九年八月ごろこれとは別に、これと同じ形態の商品を内外除虫菊に販売しており、右商品は大阪化成から線香容器に組合わされ「クミアイ」なる標章のもとで販売されている事実が認められ(その数量については原告代表者はこれを明らかにしないが相当量に達していることは明らかである)、この事実によると、原告代表者は自らA号品の形態上の自他識別力を稀釈化したものというほかない。
(三) 以上のような事情を彼此総合すると、結局、A号品の商品としての優秀性、顧客吸引力はこれを認めうるとしても、それはその形態によるというよりも、多くはその技術または機能上の新規性に負うのであつて、その形態(ことに蓋体の窓孔の形状)の意匠上の新規性によつて商品の自他識別力(表示力)があると解することは困難である。のみならず、その必然の結果でもあるが、A号品がその形態自体によつて昭和五〇年末の段階で周知性を確立したと認めることもまた極めて困難である。原告はA号品の形態の一部分(蓋体の窓孔の形状部分)の意匠的価値(それは意匠権登録によつてのみ法的に保護されうるものであることはいうまでもない。)即不正競争防止法上保護されうる商品表示と誤解しているものというほかない。